腰になったところを見れば、この親爺連のうちでは、質屋の隠居が一番弱虫であることがわかります。
 質屋の隠居が逃げ出したあとで人々の噂《うわさ》によれば、この隠居も、実は張札の糸では組合に入って大分|儲《もう》けている側だとのことでありました。この次に来たら嚇《おどか》して奢《おご》らしてやらずばなるまいなんぞと、あとに残った親爺連はいろいろ評定していました。
 斯様《かよう》な張札はこの頃の流行《はや》り物《もの》としたところで、これはあまり物騒過ぎる。このままでは捨てておけないから自身番の親爺連は、これを町奉行の手へ届けることに評定をきめて、二三人の総代がそれを持って表へ出ました。
 表へ出たところへ、折よく町奉行の手に属する見廻りの役人が、この自身番へやって来ました。それを幸いに総代は、
「実は斯様な次第でございまして、斯様な張札が……」
 役人はそれを聞いてみて一通り読んで後、
「この筆蹟は……」
と首を傾《かし》げました。
 その張札を町奉行へ持って来て、その筆蹟をあれこれと評議をしてみたところが、それが道庵の文字に似ているということが、至極迷惑なことであります。
 長者町の名
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