ラスラと節をつけて読み立てました。
 下駄屋の親爺は、面白そうに聞いていました。質屋の隠居は、不安らしい面《かお》をして聞いていました。
「なにしろ、事が穏かでごわせんな」
と質屋の隠居は、いとど不安心の色を深くしました。
「はははは、三井さんも、いよいよやられますかな」
 下駄屋の親爺は、やはり面白半分に深くは問題にしていないらしくあります。
「ナニ、やる奴に限って先触《さきぶれ》は致しませんな、ただほんのイタズラでございますよ、嚇《おどか》しに過ぎませんよ」
 寝ころんで種彦を読んでいる親爺が、やや遠くから言い出しました。
「そうも言えませんぜ、人気のものですからワーッと騒ぐと、何をやり出すか知れたものではござんせん、本所の相生町《あいおいちょう》の箱惣《はこそう》なんぞがそれでございますからな、首を刺されて両国橋へ曝《さら》されて、やっぱりこの通りの張札をされたんでございますからな」
 眼鏡屋の隠居はそれに答えました。
「ああ、鶴亀、鶴亀、そんな話は御免だ」
と質屋の隠居は気を悪くしたと見えて、煙草入を腰に挟《はさ》んで立ち上りました。折角今まで碁を打っていたのに、それを早々逃げ
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