を見合せるばかりでありました。それを得たりと道庵先生は、囃子方を励まし立て、自分は例の潮吹《ひょっとこ》の面《めん》を被って御幣《ごへい》を担ぎながら、櫓の真中で、これ見よがしに踊って踊って、踊り抜きました。
道庵先生の潮吹の踊りは、たしかに専門家以上であります。これまでに踊りこなすには、道庵も多年苦心したもので、芸も熟練している上に、自分が本心から興味を以て踊るのだから、潮吹《ひょっとこ》が道庵だか、道庵が潮吹だかわからないくらいに、妙境に入《い》っているのであります。
合奏の興を破られて、敵意を持っていた大尽の高楼の美人連や来客も、道庵先生の踊りぶりを見ると、敵ながら感服しないわけにはゆかないのであります。
道庵の屋根の上では、その都度都度《つどつど》馬鹿囃子がはじまります。馬鹿囃子がはじまると、鰡八大尽の妾宅は滅茶滅茶にされてしまいます。鰡八は、道庵風情を相手に喧嘩をすることを大人げないと思っていますけれども、あんまり無茶なことをするものだから腹に据えかねて、いくらかかってもよいから、道庵を退治するように出入りの者に内命を下しました。
一方、道庵の方では、馬鹿囃子《ばかば
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