》はないのであります。ともかくも、久しぶりで江戸へ出たのだから、御無沙汰廻りをしてみようかと思いましたけれど、それとても、米友が面を出さねばならぬほどの義理合いのあるところは一軒もないのであります。
 何心なく歩いて来ると、佐久間町あたりへ出ました。ここで米友は去年のこと、こましゃくれ[#「こましゃくれ」に傍点]た若い主人の忠作のために使い廻されて、飛び出したことを思い出しました。あの時の女主人は甲府へ行っているはずだけれど、あの若いこましゃくれ[#「こましゃくれ」に傍点]た旦那はどうしているか、小癪《こしゃく》にさわる奴だと今もそう思って通りました。
 やがて昌平橋のあたりへ来ると、例の貧窮組の騒ぎに自分も煙《けむ》に捲かれて、あとをついて歩いた光景を思い出しました。昌平橋も無意味に渡って、これもなんらの目的もなく柳原の土手の方へ向った時に、ここで変な女に呼び留められたことと、その女が自分の落した財布を拾っておいてくれたことを思い出しました。
「そうだ、あの女はお蝶と言ったっけ、あれでなかなか正直な女だ、あの女の親方という奴もなかなか親切な奴で、俺《おい》らを暫く世話をしてくれたんだ
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