ました。
 この時の道庵の勢いというものは、傍へも寄りつけないほどの勢いでありました。すっかり凱旋将軍の気取りになってしまって、
「謀《はかりごと》は密なるを貴《たっと》ぶとはこのことだ、孔明や楠だからといって、なにもそんなに他人がましくするには及ばねえ、さあ、ならず者、これから大いに師を犒《ねぎら》ってやるから庭へ下りろ」
と言って自分が先に立って軍を引上げて、鰯《いわし》の干物やなにかで盛んに子分たちに飲ませました。
 子分たちもまた、親分の計略が奇功を奏したのは自分たちの手柄も同じであるといって、盛んに飲みはじめました。道庵は、かねての鬱憤を晴らしたものだから、嬉しくて嬉しくてたまらないで、一緒になって飲み且つ踊っていると、そこへその筋の役人が出張し、グデングデンになっている道庵を引張って役所へ連れて行ってしまいます。
 さすがに大尽家でも、このたびの無茶な狼藉《ろうぜき》に堪忍《かんにん》がなり難く、その筋へ訴え出たものと見えます。
 それがために道庵は、役所へ引張られて一応吟味の上が、手錠三十日間というお灸になったのは、自業自得《じごうじとく》とはいえかわいそうなことでありま
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