たけれど、この道庵の暴言は聞捨てにならないと思いました。
 よし、そんならば、いくら金がかかってもよろしい、あの屋敷を買いつぶせ、あの屋敷も売らないと言えば、その周囲の地面家作を買いつぶして、道庵を自滅させるように仕向けろと、執事や出入りの者にその場で固く言いつけました。
 その後、鰡八大尽の御殿と、道庵先生の古屋敷との間を見ていると、ずいぶんおかしなものでありました。
 大尽の方では、絶世の美人だの、それに随う小間使だのというものを、高楼に上《のぼ》せて、道庵先生の古屋敷を眼下に見下《みくだ》させながら、そこでお化粧をさせたり、艶《なま》めかしい振舞《ふるまい》をさせたり、鼻をかんだ紙を投げさせてみたり、哄《どっ》と声を上げて笑わせたりなどしていました。それを見た道庵先生の方は、また道庵先生の方で、屋根の上へいっぱいに櫓《やぐら》を組みはじめました、ちょうど大尽の高楼と向い合うように、大工を入れて櫓を高く組み上げさせました。
 大尽の方では、その櫓を見ては笑い物にしていました。それは大尽の家の高楼と、道庵先生が大工を入れて急ごしらえにかかる櫓とは比較になりません。そんなことをして張り
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