等が礼儀を知らねえから、それでこの道庵が癪《しゃく》にさわるんだ、口惜しいと思ったら鰡公、ここへ出て来て、道庵の前へ手を突いてあやまれ、もし、あやまらなければ、この後は道庵にも了簡《りょうけん》がある、と言ったところで、おれは手前より確かに貧乏人だ、貧乏人だから金で手前と競争するわけにゃあいかねえ、そうかと言って剣術や柔術の極意にわたっているというわけでもねえから、腕ずくでも危ねえものだ、けれども、おれにはおれでお手前物の毒というものがある、いろいろの毒を調合して飲ませて、恨みを晴らすから覚悟をしろ」
この道庵先生の露骨にして無遠慮なる暴言は、あたり近所に鳴りはためくほどの大きな声で怒鳴り散らされました。
先生は、それで漸く、いくらかの溜飲《りゅういん》を下げて、屋根の上からおりて来ましたけれど、鰡八大尽は言うばかりなき不快を感じて、病気も忘れて荒々しく寝床を立って、雨戸を押し開いて欄干から外の闇を睨みつけましたけれど、その時分には道庵先生は、もう屋根から下りて、自分の寝床へ潜《もぐ》り込んでしまっていました。鰡八大尽は、かなりに腹が大きいから、そんなに物事を気にかける男ではなかっ
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