士の連中は、固唾《かたず》を呑みはじめました。犬殺しは、日頃の技倆を手際よく見せようという心であります。武士たちは、前代にもあまり例《ためし》の少ない生きたものの皮剥ぎを、興味を以て見物しようというのであります。ほいと[#「ほいと」に傍点]非人の階級は、頼まれれば生きた人間の磔刑《はりつけ》をさえ請負《うけお》うのであるから、犬なんぞは朝飯前のものであります。また武士たちとても、同じ人間を斬捨てることを商売にしていた時代もあるのだから、たかが生きた犬の皮剥ぎを実地に御覧になるということも、そんなに良心には牴触《ていしょく》しないで、かえって残忍性の快楽をそそるくらいのものでありました。
もし、犬の代りに生きた人間を使用することができたならば、ここに集まる武士たちのうちの幾人かは、もっと痛快味を刺戟されたかも知れません。さすがにそれはできないから、猛犬を以て甘んずるというような種類《たぐい》もあったでありましょう。
犬の首から松の枝へかけた細引を、しかと松の大木の幹へグルグルと絡《から》げておいてから、二人の犬殺しは、ムク犬の首に二重三重に繋がれた鉄の鎖を解きにかかりました。一象の力
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