を以てしても断ち切ることのできない鎖も、錠前を以てすれば、軽々と外すことができるのであります。
「それ!」
 長太が外した鎖をガチャリと投げ出した途端に、ムク犬が山の崩れるように吠え出しました。
「失敗《しま》った!」
 細引を手に持っている長吉が、絶望に近い叫びを立てました。
「失敗った!」
 長吉が絶望的の叫びを為した時に、ズルズルとその手に持っていた細引に引摺られて行きます。
「こいつは堪《たま》らねえ」
 長太は狼狽して、長吉の引摺られて行く細引にとりつきました。
 これは本当に思い設けぬ大変でありました。鎖を外した瞬間に、聡明なるムク犬は全身の力を集めて前へ飛び出しました。縄は松ケ枝から幹をズルズルと辷《すべ》って、それを結び直す隙を与えませんでした。縄にすがりついた長吉は、これも全身の力を注いで引き留めようとしたけれど、力に余ってズルズルと引摺られた上に横倒しになりました。それに力を合せようと周章《あわ》てた長太ももろともに引摺られて横倒しになりました。
 前へ飛び出したムク犬の首には、二人のとりすがっている麻縄と、前から繋いであったそれと、たったいま解かれた鉄の鎖とがくっ
前へ 次へ
全172ページ中111ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング