あります。
 すでに首へ縄を捲きつけて、その縄を松の枝から通してしまった以上は、さながらムク犬の身体は起重機にかけられたと同じことであります。若干の力で縄の一端を引張りさえすれば、ムク犬は腹を前にして、前足を宙に上げるような仕掛けにされてしまいました。
 ただ例の鎖が捲きつけてあるがために、ある程度より上へは浮かないから、折角捲きつけた首の縄も、ムク犬には更に苦痛を覚えないのであります。だから、次の仕事はどうしても、その鉄の鎖を取外すことでなければなりません。
「なかなか大した鎖だ、合鍵がお借り申してあるから、これで錠前を外すがいい、それ、細引はよく松の樹へ捲きつけておかねえと、鎖を外す拍子に、縄がゆるむと間違えが出来るだ」
 周到な用心と警戒の下に、鎖を外しにかかりました。
 この前後の間におけるムク犬の身体には、更に隙《すき》がありませんでした。四つの足は合掌枠《がっしょうわく》のように剛《つよ》く突っ張って、その眼は間断なく犬殺しどもの挙動を見廻して、その口からようやく唸《うな》りを立てはじめていました。痩せた身体がブルブルと身震いをはじめました。
 広間と縁側とで見物していた武
前へ 次へ
全172ページ中109ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング