した。
さきほどからの物々しい光景を見ていたムク犬は、今日は、いつものように眠そうな眼が、ようやく冴《さ》えてきたようであります。首を立てて集まっている武士たちを、深い眼つきで見つめておりました。
その有様は、何か事あるのを悟って、いささか用意するところあるもののようにも見えます。
さて、犬殺しが犬潜りから入って来た時分に、ムク犬の眼が爛《らん》としてかがやきました。
やや離れたところへ着いた犬殺しは、二人ともに籠《かご》をそこへ下ろして、籠の中から大きな鎌を取り出してまず腰にさし、それから筵《むしろ》を敷いてその上へ尻を卸し、次に籠の中からいろいろの道具を取り出して、道具調べにかかりました。その道具というのは、一束の細引と、鉄製の環《かん》と、大小幾通りの庖丁《ほうちょう》と、小刀と、小さな鋸《のこぎり》などの類《たぐい》であります。
「長太、どうもあの鉄の鎖が邪魔になって仕方がねえな」
長吉は犬を見ながらこう言って長太を顧みると、長太はもっともという面《かお》をして、
「そうだ、あの鎖を外《はず》してかからなけりゃあ思うようにはやれねえ」
二人は今に至っても、まだムク犬
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