行って、わざわざその動物の委細を検分しているものもありました。
「ありゃ、元の支配の邸にいた犬ではござらぬか」
「うむ」
こう言ってムク犬を評していたものもありましたけれど、元の支配ということだけすらが、この席では禁句でもあるかのように、
「うむ」
と言って噛み殺すように頷《うなず》いたばかりで、駒井とか能登守とも言うものはありませんでした。ましてお君とか米友とかいうものの名は、誰の口にも上るではありません。
ここで験《ため》し物《もの》になるべき犬に対しても、多少の同情を持ったものがこのなかに無いとは申されません。しかし、集まっているものはみな武士《さむらい》でありました。切捨御免を許されている武士たちでありました。これらの人は時としては人命をも刀の試しに供して、それをあたりまえだと信じている人であり、また時としては左様な残忍な行いもしてみなければ、武士の胆力が据《すわ》らぬと考えているようなものもありましたから、日頃は善良と言われている人でも、残忍な遊戯の前に目をつぶらないことが武士の嗜《たしな》みの一つだと考えもし、人にも奨励するような習慣もある。いわんや生きた人命でなく、た
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