ました。
「なるほど、こいつは大《でか》い犬だ、近頃の掘出し物だ、殿様が皮が欲しいとおっしゃるのも御無理はねえ、これなら下手な熊の皮より、よっぽど大したものだ。殿様は生皮《いきがわ》を剥《む》けとおっしゃるが、このくらいの奴に荒《あば》れられると、生皮を剥くにはかなり骨が折れる。なんでもいいから殿様は、生きたままでこいつの皮を剥いてみろとおっしゃる、剥くところを御覧になりたいとおっしゃる、そうおっしゃられてみると、こちとらも商売|冥利《みょうり》で、見事に生きたままで皮を剥いてお目にかけますと、言わずにはいられねえ。けれども長太、こいつには、ちっと骨が折れるぞ。いいかげん弱っちゃあいるようだが、無暗に吠えねえで悠々と寝ているところを見ると、肝《きも》っ玉《たま》がありそうな畜生だ。長太、棒を貸しねえ、ちっとばかり突いて怒らしてみねえけりゃあ、どのくらいの奴で、どのくらいにあしらっていいかがわからねえ」
二人は、ソロソロと寝ているムク犬の傍へ近寄って来ました。
二人の犬殺しが、ソロソロと近寄った時に、ムク犬はようやく頭を擡《もた》げました。
頭を上げたけれども、いつものように勇猛の威勢あるムク犬ではありません。二人を見据える眼の力さえ、ややもすれば眠りに落つるような元気のないものであります。
「畜生、弱ってやがる、これなら大丈夫だろう」
二人の犬殺しは、頭を上げたムク犬の相好《そうごう》を暫らく立って見ていたが、一人が棒を取り出して、
「やい、畜生、どうした」
と言って、その棒をムク犬の顋《あご》の下へ突き込みました。その時にムク犬は、眠そうな眼をジロリと※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、二人の犬殺しの面《かお》を下から見上げました。
「畜生、どうした」
顋の下へ突っ込んだ棒を、犬殺しは自棄《やけ》にコジりました。
その時に、眠っていたようなムク犬の眼が、俄然として蛍の光のように輝きました。それと共に、いま自分の顋の下へ自棄に突っ込んでコジ上げた棒の一端を、ガブリとその口で噛みつきました。
「こいつはいけねえ」
電気に打たれたように、犬殺しはその棒を手放して一間ばかり飛び退きました。犬殺しの手から噛み取った棒は、ムクの口から放れません。牙がキリキリと鳴りました。さしもに堅い樫《かし》の棒の一端は、みるみる簓《ささら》のようにムク犬の
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