の方の二品は、こりゃ錦の袋入りの守り刀と来ている、もう一つはズッシリとしたこの重味、この二つとも、殿様からの御拝領なんだろう、まだ結び目も解かず、封も切らずにあるやつが、手つかずこっちへ授かったというのも返す返す有難え話だ。さあ、兄貴、俺らの方はこの通りまずまず当座の仕事としては大当りに近い方だが、兄貴の方の仕事はどうなるんだ、まだこれから出かけてみても遅いわけではあるめえから、その舶来の煙硝蔵《えんしょうぐら》とやらへ、俺らもお伴《とも》をしてみてえものだな」
がんりき[#「がんりき」に傍点]はひきつづいて手柄話と盗んで来た品物とを、鼻高々と七兵衛の前へ並べて吹聴《ふいちょう》しているのを七兵衛は、やはり苦々しく聞いていたが、
「なるほど、そいつはかなり気の利いた仕事をしたものだ、けれども、その手前《てめえ》が、甲府から持越しの意趣を晴らしてえという当の相手はどこにいるんだ、甲府で失策《しくじ》った能登守という殿様は、いま江戸にも姿が見えねえのだ、そうして田舎芝居の盲景清《めくらかげきよ》のように、恨《うら》みの衣裳を引張り廻してみたところで、肝腎の頼朝公が不足していたんじゃあ、芝居にもなるめえじゃねえか」
七兵衛はこう言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]をばかにしたような面をすると、
「ナーニ、あの女がここにいるからには、大将だってまんざら遠いところにいるでもあるめえ」
「手前は、まだその見当がつかねえのか」
「兄貴、お前はまたそれを知ってるのか」
こんなことを話し合っているうちに、二人の話がハタと止んで、やがて滝の川の方面へ忍んで行くらしくあります。
その翌朝、駒井甚三郎は、例の研究室の前の塀に、ふと妙なものがかかっているのを認めました。皮を剥いだもののように、一枚の裲襠《うちかけ》が塀に張りつけてありました。その上に刀の小柄《こづか》を突き刺して、それに錦の袋に入れた守り刀様のものがぶらさげてありました。
駒井甚三郎がそれを見た時は、まだ夜があけはなれないうちで、誰もその以前に気がついたものはありませんでした。それを一目見ると駒井甚三郎の面《おもて》に、非常な不快な色がサッと流れました。それは裲襠も守り刀も、共に見覚えのある品でありました。篤《とく》と見ているうちにいよいよ不快の色で満たされて、この時はさすがにこの人も、その憤懣《ふんまん》を
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