振舞はしません。けれども二人三人|面《かお》を合せると、この話に落ちて行くのは争い難いものであります。いったい、あれは何者であろうということが問題の中心でありました。
老女の娘であろうというもの、それはまるきり型が違う、老女の娘でもなければ身寄りの者でもない、しかるべき身分の者の持物であったのを、仔細あって預かっているのだろうということは、誰も一致する見当でありました。
或る日、ここへ二三人づれの浪士体の者がやって来ました。そのなかには、曾《かつ》て甲府の獄中にいた南条と五十嵐との二人の姿を見ることができます。
「ああ、南条が知っている、あの男を責めてみるとわかるだろう」
それで集まった人々が、
「南条君、君に聞いたらわかるだろうと衆議一決じゃ、あの女は、ありゃいったい何者だ」
座中の一人が問いかけました。南条はワザと怖い目をして、
「知らん、拙者は女のことなぞは一向に知っておらん」
と首を振りました。
「そりゃ嘘じゃ、君はたしかに知っている、君が連れて来て老女殿に預けたものと、一同が認定している」
「詰らん認定をしたものじゃ」
「そう言わずに白状したがよろしい、情状はかなりに酌量してやる」
「白状するもせんもない、どこにどんな女がどうしてござるか、拙者共は一向に不案内、おのおのから承りたいくらいじゃ」
「こいつ、一筋縄ではいかぬ、拷問《ごうもん》にかけろ」
「たとえ拷問にかけられても知らぬ、存ぜぬ」
こんなことを言って彼等は大きな声で笑いました。大きな声で笑ったけれど、更に要領を得ることではありませんでした。しかし、一座の者は、これは確かに、南条が知っていながらしらを切るのだろうと認定をしていることは動かせないのであり、ほかのことと違って、こういうことを知っていながら知らない風をするのは罪が深いと、一座の者が南条を憎みました。よし、それならば我々の手で直接に突留めて、南条の鼻を明かしてやろうと意気込むものもありました。
「なにも、そうムキになって拙者を責めるには及ぶまい、お望みがあるならば、本人に向って直接《じか》に打突《ぶっつ》かってみるがよろしい、主《ぬし》のあるものならばやむを得んが、主のない者ならば諸君の器量次第である、もしまた将を射んとして馬を覘《ねら》うの筆法に出でんと思うならば、拙者より先に老女殿を口説《くど》き落すが奥の手じゃ」
南条は
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