そんなケチな了簡《りょうけん》で見届けに行くのではない、これも修業のためである、僧堂の中で慢心和尚の出鱈目《でたらめ》を聞いているばかりが修業ではない、和尚|来《きた》れば和尚、美人来れば美人……」
 こんなことをひとりで考え込んで力んでいるとその時、オホンという咳が聞えました。この咳は確かに慢心和尚の咳でありました。それを聞いた若い雲水はハッとして、ひとり言の気焔と北叟笑《ほくそえ》みとが消えてしまいました。和尚来れば和尚……と言って力んではいたけれど、その咳の声だけで縮み上ったところを見ると、美人が来ればやっぱり魂を抜かれてしまうでありましょう。そこでこの雲水は気焔と独り笑いとをやめて、蒲団を頭から被《かぶ》っているうちに、昼の疲れでグッスリと寝込んでしまいます。
 寝込んでしまってはいけないのです。実は迷い出した五人の亡者が戻るまで眠らないでいて、戻った合図を聞いた時には、また踏台として出て行かねばならぬ義務があるのであります。それを忘れて寝込んでしまいました。
 かくとも知らず、迷い出でた五人の亡者は、立戻って来て垣根の外へ立ちました。
 合図にトントンと垣根を叩くと案《あん》
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