」に傍点]賤人に落ちたも同然、もし我々同族のうちに、左様な人物がありとすれば、同席さえも汚《けが》れではござるまいか。左様なことはないことを望む、左様な人物はあってはならぬけれど、左様な人物あるがために士風を汚し、庶民の侮《あなどり》を買うような仕儀に到らば打捨てては置かれまい、よし一人の私情は忍び難くとも、流れ清き徳川の旗本の面目のために……」
 主膳は今日を晴れとこんなことを絶叫しました。能登守は静粛《じっ》として聞いていたけれども、座中にはもう聞くに堪えない者が多くなって、雲行きが穏かでないのを、太田筑前守が、この時になってようやく調停がましき口を利き出しました。
 今ごろになって調停がましい口を利き出すなぞは、かなりばかばかしいことであります。
 気の毒なことに駒井能登守は、すっかり彼等が企みの罠《わな》にかかってしまいました。ここに至るまでには一から十まで企みに企んであった仕掛を、能登守は一つも覚《さと》ることなくしてこの場に身を置くようになったのは、返す返すも気の毒なことであります。
 太田筑前守は程よくこの会議を切上げる挨拶を述べ、神尾主膳は勝ち誇った態度で揚々と座を立ち
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