言うことに不快を感じて座に堪えられないようなものもありました。駒井能登守は神尾にこう言われて、一時《いっとき》沈黙して眼をつぶりました。企《たく》んだな! とこう思って駒井能登守のために同情し、神尾の挙動を悪《にく》む者も少なくはありません。
 確かにこれは駒井能登守が窮地に陥ったなと、予《かね》ての噂を聞いている者は、ひとごとながら見てはいられない気の毒の感じを起したものも少なくはありません。
 この場合、能登守を救うのは、誰よりも先に太田筑前守の義務でなければならぬ。今まで神尾にこういうことを言わせて置いたことでさえが緩慢の至りであるのに、ここでなお黙っていて能登守の急を救わなければ、それは武士の情けを知らないのみならず、寧《むし》ろ神尾と腹を合せて、神尾をして充分に能登守を弾劾させようとする策略があると言われても申しわけがありません。それでも、やはり筑前守は知らぬまねして、神尾の一言一句にも干渉することをしませんでした。
 一座は白け渡ってしまいました。その中には、眼の色を変えて能登守のために、神尾に飛びかかろうという権幕のものも見えました。また神尾の言うことを小気味よしとして、
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