逃しては、旗本の名誉が地に落つる……」
「それは聞捨てになり難い」
神尾主膳からこう挑戦的に出られてみると、駒井能登守も意気込まないわけにはゆきません。
こうして引き出されて神尾の手に載せられることは、能登守にとっては極めて不利益なのはわかっているが、私の場合においては避けて避けられることも、こうなっては避けられないのであります。
「いかにも聞捨てになり難いことでござる」
神尾主膳は膝を進ませました。
列席の人々は、意外の光景になって行くのを見ました。駒井能登守対神尾主膳の取組みのような形になって行くのを見ました。神尾が、能登守の上席に対して不平であって、事毎にそれに楯を突こうとするの形勢は、大抵の勤番は知っていました。能登守がまたそれに相手にならず、勉《つと》めて避けている態度を、奥床《おくゆか》しいとも歯痒《はがゆ》いとも見ている人もありました。しかし、公《おおやけ》の席で、こんなふうに正面《まとも》にぶつかりそうになる形勢は初めて見ることであります。ことに今日は神尾主膳から仕掛けて行って、敵を引張り出そうとする形勢が歴々《ありあり》と見えるから、能登守のために密《ひそ》か
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