いることのように見えることであります。
筑前守のこの煮え切らない座長ぶりは、自然に神尾の無作法を嗜《たしな》める責任が駒井能登守の手に落ちて来るようになりました。上席の責任上、こういうことを神尾一人に言わしておくのは、その威厳にもかかるし、列席の不愉快を招くことが大きいのであります。やむことなく駒井能登守が、神尾主膳の矢表《やおもて》に立つことになりました。
「神尾殿、貴殿の御意見は一応|御尤《ごもっと》もなれど、それではどうやらこの甲府城内の上流の者に、風儀を乱すものがあるように聞えて甚だ聞苦《ききぐる》しい、角《かど》の立たぬように、御意見のあるところだけを述べて欲しいものじゃ」
駒井能登守からこういわれたのを機会に、神尾主膳は、能登守の方へ向いて正面を切りました。
「これは御支配の駒井殿、お言葉ながら拙者は元来、礼に嫻《なら》わぬ男、ついついお気に触《さわ》るようなことを申さぬとも限らぬ、これというも城内の士分の風儀を重んずる心から致すこと、別意あってのことではござらぬ、お咎めを蒙《こうむ》った上流の者のよくない風儀ということにも、ちと心当りあればこそ申すこと、これを大目に見
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