門から邸の中へ入ってしまいました。
 ここでもまた、お城の屋根の上の提灯を問題にして、家中《かちゅう》の侍や足軽などが立って見ていました。
「うちの殿様は、天狗だとか稲荷様だとかいうことをお信じにならぬ、では何でございましょうとお尋ねすると、ただ笑っておいでなさる」
「殿様は鉄砲の名人でいらっしゃるから、殿様の狙《ねら》いで、あれを撃ち落してごらんになれば、直ぐにエタイ[#「エタイ」に傍点]が知れるでござりましょう」
 こんなことを話し合っていました。
 その中へ入って行ったけれども、ムク犬の附いていることと、常に奥へ出入りすることに慣れているお松のことでしたから、誰も咎《とが》めるものはありません。

 僧体をした宇津木兵馬は、神尾の邸の裏に待っていたけれども、お松に会えない先に、四辺《あたり》の人が噪《さわ》ぎ出したので驚きました。それは自分を発見した人があって噪いだのではないけれども、
「それ提灯《ちょうちん》が出た」
と言う声と共に人が集まる様子だから、うかとそこにおられません。心を残して町の方へ向って行くと、そこでもここでも人が出て、
「それ提灯が出た」
 だから兵馬もその人
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