ります。警固の役人がその提灯をみとめると、直ちに取調べに行くのでありますが、天守の上まで登る時分には、もう提灯は消えてしまって、人の気配などはさらにないのであります。それですから大方、天狗様の卵だろうということに、ほぼ多くの人の意見は一致して、それが毎晩、一定の時を定めて出て来ると、こうして町中総出の姿で、門並《かどなみ》に立って見物するのであります。
 なるほど、御本丸の天守台の上で、紅い提灯がクルクルと廻っています。お松もやはり、その提灯が何者であるかということを、不思議に思わないわけにゆきません。
 人中を歩いて行くうちに人の噂を聞けば、天狗様の卵だというものもあるし、近いうち大火事があるのを、稲荷様が知らせて下さるのだと言う者もあり、また勤番のお侍のうちに、いたずら者があって、長い竿へ提灯をぶらさげて、町民を驚かして面白がるのだろうと言うものもありました。
 けれどもこの提灯をこうして噪いで見ているうちに、市中の到るところを盗賊が荒していたことを知ったのは、その後のことでありました。
 そのうちにお松は、ムク犬を先にして駒井家の邸前まで来て考えているうちに、ムク犬にひかされて裏
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