、話し相手のお伽《とぎ》にするようなあんばいで、
「お前は、まだ知るまいが、あの駒井様という殿様のお家は、近いうちに潰《つぶ》れます、いま甲府では飛ぶ鳥を落すほどの御支配様だけれど、遠からず、お家をつぶされて、お預けになるか、または御切腹……これはまだ内密のことだから誰にも話してはなりませぬ……そうなるとこちらの殿様が、そのあとをついで御支配に御出世なさるようにきまっている、だからお前も、そのつもりで、うちの殿様のお面《かお》にかかるようなことをしてはなりませぬ、まあ、じっとして、もう暫らく見ておいで」
と言っているお絹は、何か企《たくら》むことがあって、やがてそれが成就《じょうじゅ》した時を楽しみにしているように見えます。その企みというのは、駒井家に、何か重大な変事が出来るだろうとの暗示で推察することができます。今いう通り、遠からずお家を取りつぶされて、その上に殿様がお預けになるか、または御切腹になるかというほどの大事、お松は、いよいよ胸がつぶれる思いで、この風聞の裏には権力を争う嫉《ねた》みや罠《わな》が幾つも幾つもあって、駒井の殿様はうまうまとその罠にかかって知らずにおいでなさる
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