います」
「それは今に始まったことではない」
と竜之助は言いました。そう言いながら起き上りました。
「甲府にいたとき噂にも聞いたろうが、夜な夜な辻斬をして市中を騒がせたのは、みんな拙者の仕業《しわざ》じゃ」
「エエ! あなたがあの辻斬の本人?」
「それをいま知って驚いたからとて遅い、昨夜はまたむらむらとその病が起って、居ても立ってもおられぬから、ついあんなことをしでかした」
「ああ、なんという怖ろしいこと、人を殺したいが病とは」
「病ではない、それが拙者の仕事じゃ、今までの仕事もそれ、これからの仕事もそれ、人を斬ってみるよりほかにおれの仕事はない、人を殺すよりほかに楽しみもない、生甲斐もないのだ」
「わたしはなんと言ってよいかわかりませぬ、あなたは人間ではありませぬ」
「もとより人間の心ではない、人間というやつがこうしてウヨウヨ生きてはいるけれど、何一つしでかす奴等ではない」
「あなたはそれほど人間が憎いのですか」
「ばかなこと、憎いというのは、いくらか見どころがあるからじゃ、憎むにも足らぬ奴、何人斬ったからとて、殺したからとて、咎《とが》にも罪にもなる代物《しろもの》ではないのだ」
前へ
次へ
全185ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング