らるる」
「はて怪しい、してその者の年頃は」
「貴殿よりは一つ二つお若うござるかな」
「それほどの年にしては大胆な。ともかく、それは心あってすることか、或いはまた旅路のいたずら心から、わざと拙者の名を用いるものか、これへ同道して突き合わせて御覧あればすぐにわかること」
「いかにも、貴殿がまことの和田静馬殿であることは、恵林寺の先触《さきぶれ》でも毛頭《もうとう》疑いのないところ、若松屋の若者こそ、甚だ怪しい、篤《とく》と吟味を致さねばならぬ」
「引捕えてこれへおつれあらば、拙者から懲《こ》らして済むものならば懲らしめ、意見して追い放すべき者ならば、意見を加えてみるも苦しうござらぬ」
「しからばその者を引捕えて、これへ連れて参ろう」
 役人や手先が立ち上った時に、兵馬はふと、何事か胸に浮んだらしく、
「お待ち下さい、なんにせよ、承れば年若の者、無下に恥辱を与えるも不憫《ふびん》ゆえ、拙者これより同道致し、穏かにその者に会うてみたい」
「それは御随意」
 兵馬は身仕度をして、わが変名の変名を名乗る若者の、何者であるかを見定めようとしました。
 若松屋の一室に和田静馬と名乗ったお松は、非常の
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