その時に、役人の来るべき表口でなく、障子を隔てた廊下の方で人の気配がするようであります。
十二
お松がこうして宿に着いた時よりは少し遅れて、同じような客がこの上野原の本陣へ、同じような方向から来て宿を取りました。それはお松のように忍びやかに来たのではなく、大手を振らないまでも、旅路には心置きのない人のようであります。
その客は、お松と同じような若い侍の姿をしていましたけれど、お松のように単独の旅ではなく、ほかに一挺の駕籠《かご》と共に、自分もここへ着く時は駕籠へは乗って来たけれども、寧《むし》ろほかの一挺の駕籠を守護して来たもののようであります。
本陣へ着いてまもなく、守って来たほかの一挺の駕籠の人を隠すように別間へ置き、自分はその次の一室を占めました。申すまでもなく、その隠すように守護されて来た人というのはお君で、それに附いて来た人は宇津木兵馬であります。兵馬がその一室に控えている時に、これもお松が受けたと同じように、例の八州の役人の見舞を受けました。
「はて、八州の役人が何用あって、我々を詮議《せんぎ》する」
と兵馬は訝《いぶか》りましたけれど、それに
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