たことでない、こうせねばお浜への供養が済まぬ」
「あれ!」
「斬ってしまえば雑作《ぞうさ》はないけれど、これはお浜へ供養の血」
「苦しい!」
「存分に苦しがれ」
「ああ苦しい!」
夜中過ぎに机竜之助は帰って来ましたけれども、竜之助が帰って来た時までお銀様は、竜之助の出たことを知りませんでした。
そっと帰って来て、行燈《あんどん》の下で頭巾《ずきん》を取ろうとした時にお銀様は眼が醒《さ》めました。醒めてこの体《てい》を見ると怪しまずにはおられません。
「どこへかおいであそばしたの」
「ついそこまで」
「お一人で?」
「一人で」
「何の御用に」
「眠れないから歩いて来た」
「そんなら、わたしをお起しなさればよいに」
「あまりよく寝ている故、起すも気の毒と思って」
「そんなことはございません」
「ああ、咽喉《のど》が乾いた、水が一杯飲みたいものだ」
「お待ちなさい、いま上げますから」
お銀様は、水指《みずさし》を取るべく起きて寝衣《ねまき》を締め直しました。
「まだお火がありますから」
とお銀様は火鉢の灰を掻《か》き起しました。
「お銀どの」
竜之助はうまそうに、水を一杯飲んでしま
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