ごろは世間が物騒でございますから、男が女の風《なり》をしたり、女が男の風をしたりしてお関所を晦《くら》ますようなことがあると、なかなか面倒には面倒になるんでございますね」
 こんなことを言っている間に、いつか関所の裏道を抜けてしまって、本道へ出て笹子峠を上りにかかっていました。
 なお、がんりき[#「がんりき」に傍点]は途中、いろいろの話をしてこの少年に聞かせました。丁度、そんなような雨のことですから、旅人も少ないもので、山また山が重なる笹子の峠道は、昼とは思われないほどに暗いものでありました。峠を登って行くと坊主沢のあたりへ出ました。この辺は橋が幾つもあって、下には渓流が左右から流れ下っているところもあります。
 やがて、もう峠の頂上へも近づこうとする時分に、
「こいつはいけねえ」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]が言いました。
 いま峠の上から、一隊の人が下りてくるらしくあります。この一隊の人というのは、尋常の人ではなく何か役目を帯びた人らしくあります。がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれを振仰いで、
「あれは八州様の組だ、うっかりこうしてはいられません、少しばかり姿を忍ばせま
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