くあります。少年はきまりが悪いのか、窮したせいか、下を向いていると、
「お関所の抜け路をお通りなさることや……また殿方が女の風《なり》をなさったり、女のお方が殿方にこしらえたりして、お関所をお通りになることが現われますると、それは大罪になることでござりまする」
 お角にこう言われて、少年の面《かお》の色が火のように紅くなりました。
 その痛々しい若い侍の室を出たお角は、しきりに小首を傾《かし》げていました。そうして何か思案することありげに廊下を渡って、一番の室へ見舞に行こうとしました。そこには同じく、雨で逗留している宇津木兵馬とお君の二人がいるのであります。
 お角がそこへ行こうと思って廊下を渡ると、表の方で大声が聞えました。それも図抜けて大きな声で、
「さあさあ、大変大変、峠へ狼が出て二人半食い殺されてしまった、いやもう道中は大騒ぎ、大騒ぎ」
と言うのであります。あまりに無遠慮に大きな声でありましたから、お角の耳にも入ったし、その他の人にもみんな聞えたでありましょう。一番の室へ行こうとしたお角はこの声で直ぐに引返して、兵馬やお君を見舞わずに帳場へ帰って来ました。
 その今の大きな声の
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