て今晩は泊めてもらい、そこで両人とも支度をととのえて、明朝にも江戸へ出かけることにしてもらいたいね。その行先は両人で相談してみるがよい。そうして兵馬さんの方は御用は済んだら、またこっちへ帰って来て、敵討《かたきうち》というやつをおやんなすったらよかろう」
こう言いましたから、兵馬は、やっぱり呆気《あっけ》に取られていると、
「さあ、そういうことにして、これから富永屋を叩き起そう、宿屋が商売だから、いつなんどきでも叩き起して、いやな面《かお》をするはずはない、ことに恵林寺の慢心が来たといえば、庄右衛門は喜んで出迎える」
とにかく、こうして駕籠《かご》は勝沼の町の富永屋庄右衛門という宿屋の前へ来て、再び土の上へ置かれました。
慢心和尚はその宿屋の前へ立って、拳を上げてトントンと戸を叩きましたけれど起きませんでした。大抵の場合には、時刻を過ぎては狸寝入りをして、知っていても起きないことがあるのでしたから、慢心和尚は、やや荒く戸を叩いて、
「富永屋、富永屋……庄右衛門、庄右衛門、恵林寺の慢心だよ、慢心が出て来たのだよ、起きさっしゃい」
こういうと慢心の利目《ききめ》が即座に現われて、家
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