旅の若い侍」
「ところが違いますね」
「何が違う」
「何が違うと言ったって雲水様、こちとらは商売柄でござんすから、その足どりを一目見れば見当がつくんでございます」
「うむ、何と見当をつけた」
「左様でござんすねえ、ありゃ女でござんすぜ、雲水様」
「女だ?」
「左様でございますよ、男の姿をしているけれども、あの足つきはありゃ男じゃあございません、たしかに女が男の姿をして逃げ出したものでございますねえ」
「なるほど」
「当人はすっかり化《ば》けたつもりでも、見る奴が見れば、一眼でそれと見破られちまうんでござんす。これから大方、江戸表へでも落ちようというんでございましょうが、道中筋で飛んでもねえ目に会わされるのは鏡にかけて見るようだ」
「なるほど」
兵馬は、さすがに駕籠屋が商売柄で、物を見ることの早いのに感心をし、そう言われてみると言葉の端々《はしばし》にも、男とは思われないようなものがあることを思い出して、長蛇のような亀甲橋を振返って、その後ろ姿を見送ります。
兵馬はその後ろ姿を見送って、異様な心を起しました。
橋を渡り終って松原へかかると、駕籠屋はまた不意に悸《ぎょっ》としました。
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