でた五人の亡者は、また無事に寺へ舞い戻ったのであります。
勿論《もちろん》、これは深更のことであり、また秘密の行いでありますから、極めて物静かに行われたのであります。外から来た亡者はもとより口を利《き》かず、中にいた踏台もまた一言半句を言わないで、あちらを向いて従容《しょうよう》として踏台の役目を果してしまったのであります。
そうして彼等は無言のうちに寝室へと急ぎ、踏台もまた、いつか知らない間にどこへか片づいてしまいました。広い寺の境内は森閑として、静かなものになってしまいました。
ここに寝室へ帰って来た五人の亡者が、ハッと度胆《どぎも》を抜かれた出来事が一つありました。今、ここで雷のような鼾《いびき》をかいて口をあいて寝ている雲水は、たしかにいま踏台になったはずの雲水なのであります。明晩は亡者となって迷い歩くべき権利の保留者であって、今晩は踏台となるべき義務者なのであります。たったいま踏台となった男が、自分たちより先廻りをして、もうここに鼾をかいて口をあいて寝ているということは、悪戯《いたずら》にしてもあまりに敏捷な悪戯でありました。ましてそれは悪戯ではなく、事実そこに今まで寝
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