しながら、お銀様は自説の誤らないことを保証するために、行燈の光までその位牌を持ち出しました。
「確かに悪女? そうして裏には……」
竜之助に言われて、お銀様が位牌の裏を返して見ると、そこには「二十一、酉《とり》の女」と記してありました。
その翌朝、竜之助は、お銀様に手を引かれて、小泉家の裏山へ上りました。
径《こみち》を辿《たど》って丘陵の上まで来ると、そこに思いがけなく墓地がありました。林に囲まれた芝地の広い間には、多くの石塔といくつかの土饅頭《どまんじゅう》が築かれてありました。墓地ではあったけれども、そこは日当りがよくて眺めがよい。そこから眺めると目の下に、笛吹川沿岸の峡東《こうとう》の村々が手に取るように見えます。その笛吹川沿岸の村々を隔てて、甲武信《こぶし》ケ岳《たけ》から例の大菩薩嶺、小金沢、笹子、御坂《みさか》、富士の方までが、前面に大屏風《おおびょうぶ》をめぐらしたように重なっています。それらの山々は雲を被《かぶ》っているのもあれば、雪をいただいているのもあります。
お銀様は、その山岳の重畳と風景の展望に、心を躍らせて眺め入りました。
山岳にも河川にも用のない机竜之助は、日当りのよいことが何より結構で、お銀様が風景に見恍《みと》れている時に、竜之助はよい気持であたりの芝生の上へ腰を卸して、日の光を真面《まとも》に浴びている。
「あなた、そこはお墓でございますよ」
お銀様に言われて、そうかと思ったけれども、敢《あえ》て立とうとはしません。
竜之助の腰を卸していたところは墓に違いありません。ほかの墓とは別に、孤島《はなれじま》のように少しばかり土を盛り上げたところに、無縫塔《むほうとう》のような形をした高さ一尺ばかりの石が一つ置いてあるだけでありました。その前には、竹の花立があったけれど、誰も香花《こうげ》を手向《たむ》けた様子は見えず、腐りかけた雨水がいっぱいに溜っているだけです。
竜之助が動かないから、お銀様もまた、その近いところへ蹲《うずく》まりました。ここは誰も人の来る憂えのないところです。天の日は二人ばかりのために照らし、地の上は二人ばかりを載せているもののようです。
あたりの林も静かでありました。丸腰で来た竜之助は、ついにそこへゴロリと横になって肱枕《ひじまくら》をしてしまいました。竜之助の横になって肱枕をしたその頭のあた
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