りがちょうど、無縫塔の形をした石塔のあるところであります。
 それだから竜之助は、墓を枕にして寝ているもののようです。寝ている竜之助はそれをなんとも思ってはいないらしいが、傍で見たお銀様は、快い形と見ることができません。この人に墓を枕にして眠らせるということが、好ましいことではありません。それとも知らずに竜之助は、
「こんなところで死にたいな」
と言いました。けれどもそれは嘘《うそ》です。竜之助がこう言ったのは、それは、あんまり日の当りがよくて、そこに足腰をゆるゆると伸ばした心持が譬え様がないから、そう言ったのだけれど、お銀様は、やはりその言葉を不吉の意味があるもののように聞いて、
「石になっては詰《つま》りませぬ」
 お銀様はこう言いながら、ほとんど二人並んで寝るように片手を伸べて、竜之助の頭の石塔の石を撫《な》でました。石を撫でながら、なにげなく石の裏を見ると、そこに、「二十一、酉《とり》の女の墓」と小さく刻んであるのが、図《はか》らず眼に触れてゾッとしました。その気になって見れば、この石塔の前面には何の文字もなくて、裏にだけ遠慮をしたもののように「二十一、酉の女の墓」と刻んであるのが異様です。なお他にある総ての墓とは、ほとんど除物《のけもの》のようにされて、この墓だけが一つ、ここに置かれてあることも異様です。
 それよりもまた、お銀様の胸を打ったのは、昨夜調べてみた「悪女大姉」の位牌の裏の文字が、これと同じことの「二十一、酉の女」の文字であったことです。
 この文字を見た時にお銀様は、蛇を踏んだような心持になりました。寝ていた机竜之助は、何を思ったか、むっくりと頭を上げて起き直り、
「お銀どの」
「はい」
「あの、ここは何村というのであったかな」
「ここは東山梨の八幡《やわた》村」
「東山梨の八幡村?」
「八幡村の大字《おおあざ》は江曾原《えそはら》と申すところでございます」
「八幡村の江曾原!」
 竜之助がいま改めてそれを聞くのはあまりに事が改まり過ぎる。ここへ来てからも相当の日数があるのだから、仮りにも現在の己《おの》れのいる土地の名前を記憶しておらぬということはあるまい。けれどもこの人は、初めてそれを聞くもののように、念を押して尋ねて再びそれを繰返しました。
「して、いま我々が厄介になっている家の主人の名は」
「小泉と申します」
「小泉……それに違いない
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