せんでした。また神尾のその悪い計画に同意しているものとも思われませんでした。それですから、お銀様にどうもこの人がわからなくなってしまいました。
「あなた様は神尾様のお友達でございますか、御親類のお方でございますか、神尾様のような悪いお方ではございますまい、幸内を苛《いじ》めたように、わたくしを苛めるような、そんな悪いお方ではございますまい、そんなお方とは思われませぬ、あなた様は、もっとお情け深いお方でございましょう、どうか、わたくしをお逃がし下さいまし」
「ははは、わしは神尾の友達でもないし、もとより身寄《みより》でも親類でもない、お前方と同じように、神尾主膳のために囚《とら》えられて、この古屋敷の番人をしているのじゃ」
「エエ! それではあなた様もやっぱり神尾のために」
「よんどころなくこうしている」
「お宅はどちらでございます」
「ちと遠い」
「御遠方でございますか」
「武蔵の国」
「そんならば、あの、こちらの大菩薩峠を越ゆれば、そこが武蔵の国でございます」
「ああ、そうだ」
 竜之助は荒っぽく返事をしました。お銀様は黙ってしまいました。
「なるほど、大菩薩峠を一つ越せば武州へ入る
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