なたにいま飲ませてやるのじゃ、幸内が飲んだように、そなたもその酒を飲むのじゃ」
「助けて下さい――誰か、来て下さいまし!」
お銀様は、ついに大声で救いを求めました。
「それそれ、それだから酒を飲ませるのじゃ、その酒を飲むと、痛くても痒《かゆ》くても声が立たぬようになるのじゃ、ここの小瓶に入っているものを、ちょっとこの酒の中へ落して、こう飲まっしゃれ」
神尾主膳は、刀を傍へさしおいて、片手ではお銀様の口を押え、片手では、三ツ組の朱塗の盃のいちばん小さいのへ酒を注いで、その上へ小瓶の中から何物かを落して、無理にお銀様の口を割って飲ませようとします。お銀様は、
「アッ、いや――誰か、誰か、来て――苦しッ」
「あ痛ッ」
神尾主膳が痛ッと言って、お銀様に飲ませようとした小盃を畳の上へ取落して、飛び上るように手の甲を抑えたのは、今、必死になったお銀様のために、そこをしたたかに食い破られたのであります。
「わたしは死ねない、まだここでは死ねない、幸内、幸内、誰か、誰か、誰か来て……」
お銀様は飛び起きて梯子段を転げ落ちました。
「おのれ、逃がしては」
神尾主膳は、さしおいた伯耆の安綱の刀を
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