持って酔歩蹣跚《すいほまんさん》として、逃げて行くお銀様の後を追いかけました。
梯子を転げ落ちたお銀様は、転げ落ちたのも知らず、直ぐに起き返ったことも知らず、どこをどう逃げてよいかも知らず、ただ白刃を提げて追いかける悪魔に追い迫られて、廊下を曲って突当りの部屋の障子を押し開いて逃げ込みました。
お銀様が逃げ込んだその部屋には炬燵《こたつ》がありました。
その炬燵には横になって、人が一人、うたた寝をしておりました。それに気のついた時に神尾主膳はもう、白刃を提げてこの部屋の入口のところまで来ていました。
「ああ、あなたは善い人か悪い人か知らない、わたしを助けて下さい、わたしはここでは死ねません」
お銀様はその横にうたた寝をしていた人の首に、しっかとしがみつきました。
机竜之助はこの時眼が醒《さ》めました。眼が醒めたけれども、この人は眼をあくことの出来ない人であります。ただわが首筋へしがみついたその者の声は女であることを知り、竜之助の首を抱えた腕は火のようであることを知り、その頬に触れる血の熱さも火のようであることを知ったのみです。
「助けて下さい、神尾主膳は鬼でございます、わたし
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