まらぬ故、幸内から譲り受けた」
「それは間違いでございます、幸内には、わたくしが父に内密《ないしょ》で三日の間、貸してやったものでございます、それを人様にお譲り申すはずがござりませぬ、そのようなことをする幸内ではござりませぬ」
「それもその通り、尋常では幸内が拙者に譲る気づかいもなし、拙者もまた、微禄《びろく》して、恥かしながらこの刀を譲り受けるだけの金が無い、それ故に少し荒っぽい療治をしてこの刀をぶんどった」
「エ、エ!」
「ははは、驚いたか」
神尾主膳はふたたび大盃の酒を傾けて咽喉《のど》を鳴らしながら、意地悪くお銀様の面を見つめて、しばらく黙っておりました。
お銀様はこの時、下唇をうんと喰い締めました。そうして見る見るうちにその面が土色になって、眼《まなこ》が釣り上るのであります。
「幸内が、どうして幸内が、この刀をあなた様に差上げました」
「早く言えば奪い取ったのじゃ」
「エ、エ!」
「幸内に酒を飲ましたのじゃ、その酒は毒の酒じゃ、それを飲ますと酔いつぶれた上に声が潰《つぶ》れるのじゃ。それを飲ましておいて、幸内が手からこの刀を奪い取って、おれの差料にしたのじゃわい」
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