た。
右の手では、やはりお銀様の前へ伯耆の安綱の刀を突き出して、左の手では朱塗の大盃を取り上げました。刀を見ているお銀様と、盃の中に湛《たた》えられた酒とを等分に見比べていました。
「この刀は、これは、わたくしの家に伝わる伯耆の安綱の刀?」
お銀様はこう言った時に、
「その通り」
神尾主膳は舌打ちをして、大盃の中の酒をグッと傾けます。
「どうしてこれがあなた様のお手に……」
「ははは、これを拙者の手に入れるまでには大抵な骨折りではない、今も言う通り、幸内の手からわが物になった」
「幸内が……」
「幸内から譲り受けた」
「それは何かの間違いでございましょう」
「さあ、それが何の間違いでもないのじゃ。お銀どの、そなたは何も知らぬ、それ故、よく言ってお聞かせ申す。そもそもこの伯耆の安綱という刀は、有野村の藤原家に伝わる名刀じゃ、いつぞや拙者の宅で様物《ためしもの》のあった時、集まる者にこの刀を見せてやりたいから、それで幸内を嗾《そそのか》して、ひそかにそれを持ち出させた、それはお銀どの、そなたもよく御存じのはず……いや、幸内の持参したこの刀を見ると聞きしにまさる名刀、急に欲しくなってた
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