》えるばかりであります。
「まことに刀の見様を御存じないのか」
「一向に存じませぬ」
「しからば、刀の見様を拙者が御伝授申し上げようか」
「後程にお伺い致しまする」
「後程?……それでは拙者が困る、御遠慮なくこの場で御覧下されい。よろしいか、長さは二尺四寸、ちと長過ぎる故、摺上物《すりあげもの》に致そうかと思ったけれど、これほどの名物に鑢《やすり》を入れるのも勿体《もったい》なき故、このまま拵えをつけた、この地鉄《じがね》の細かに冴《さ》えた板目の波、肌の潤《うるお》い」
「どうぞ御免あそばしませ、わたくしどもにはわかりませぬ」
「見事な大湾《おおのた》れ、錵《にえ》が優《すぐ》れて匂いが深いこと、見ているうちになんとも言われぬ奥床しさ」
「わたくしは、もう怖くてなりませぬ」
「斬ると言ったら怖くもあろうけれど、見る分には怖いことはござらぬ」
「それに致しましても……」
「ただこうして区《まち》から板目の肌に現われた模様を見ていたところでは、その地鉄がなんとなく弱々しいけれど、よくよく見れば潤いがあって、どことなしに強いところがある」
「もう充分、拝見致しました」
「まだまだ。潤いがあ
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