ラリと抜き放ちました。
「あれ!」
 お銀様が驚いて飛び上ろうとするのを、主膳は無手《むず》と押えてしまいました。
「さあ、刀の自慢というのは拵えの自慢ではない、拵えは悪くとも中身がよければ、それが真実《ほんとう》の刀の自慢じゃ。お銀どの、そなたは今この刀の拵えを結構なものじゃというて賞めた、中身を見てもらいたい、このくらいの縁頭や目貫は、そなたの家には箒《ほうき》で掃いて箕《み》で捨てるほどあろうけれど、この中身ばかりはそうは参るまい。さいぜんも申す通り、甲州一円はおろか、日本六十余州を尋ねても、二本三本とは手に入らぬ自慢の神尾主膳が差料、誰にも見せたくはないものながら、ほかならぬそなたのお目にかける、篤《とく》と鑑定《めきき》がしてもらいたい」
 神尾主膳はお銀様に刀を見せるのではなく、お銀様を捉《つかま》えて刀を突きつけているのでありました。
「わたくしどもなどに、どう致しまして、お刀の拝見などが……」
「左様ではござらぬ、篤と御覧下されい」
「どうぞ御免あそばしまして」
「刀が怖いのでござるか」
「どうぞお引き下さいませ」
 お銀様は鷹に押えられた雀のように、ワナワナと顫《ふる
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