が覚めないか、起しに行ってやろうかな、しかし炬燵《こたつ》へ入ってああして熟睡しているところを叩き起すも気の毒じゃ、疲れて昼は休んでいる」
 主膳があの男というのは、ここの屋敷に籠《こも》っているはずの机竜之助のことでありましょう。竜之助を相手に雪見をしようと思って来たところが、その竜之助はいま眠っているものと見えます。
 主膳はこんな独言《ひとりごと》を言っているうちに、立てつづけに呷《あお》りました。浴びるように飲みました。気がようやく荒くなりました。
「うむ、うむ、この刀、この刀」
と言って主膳は、やや遠く離して置いてあった例の梨子地の鞘の長い刀の下《さ》げ緒《お》を手繰《たぐ》って身近く引寄せて、鞘の鐺《こじり》をトンと畳へ突き立てて、朧銀《ろうぎん》に高彫《たかぼり》した松に鷹の縁頭《ふちがしら》のあたりに眼を据えました。
「この刀を試《ため》すことをいやがる机竜之助の気が知れぬ、と言って拙者の腕で試してみようという気にもならぬ」
 その途端になんと思ったのか、神尾主膳の眼中が遽《にわ》かに血走って、
「お銀、お銀、お銀どの」
 声高く、そうして物狂わしく呼びつづけました。

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