中に向ってまで口走るのは、酒がようやく廻ったからであります。
伯耆の安綱――してみればこの刀はこれ、有野村の藤原家の伝来の宝、それを幸内の手から捲き上げて、今はこうして拵《こしら》えをかえて、自家の秘蔵にしてしまったものと見るよりほかはないのであります。
五
神尾主膳は酒の勢いで、この雪の中を躑躅《つつじ》ケ崎《さき》の古屋敷まで歩いて行きました。
そこへ辿《たど》りついて見ると、さいぜん言いつけておいた通りに、二階の一間が綺麗《きれい》に掃除されて、そこでまた一盞《いっさん》を傾けるように準備が整うていました。三ツ組の朱塗の盃が物々しく飾られてありました。
この躑躅ケ崎の古屋敷というのは、武田の時分には甲坂弾正と穴山梅雪との屋敷址であったということです。昔は鶴ケ崎と言い、今は躑躅ケ崎という山の尾根が左手の方にズッと突き出ています。それと向って家は東南に向いていました。この家はなかなか大きなもので、ずっと前に勤番の支配であった旗本がこしらえて、その後は長く空家同様になっていたのを神尾主膳が、何かの縁で無償《ただ》のように自分のものにしたのです。
いま、主
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