か、何か心祝いの酒のように見えました。飲んでいるうちに、ようやくいい心持になって、
「おい、雪見だ、雪見だ、せっかくの雪をこんなところで飲んでいては面白くない、これから躑躅《つつじ》ケ崎《さき》へ雪見に出かける、誰か二人ばかり行ってその用意をしておけ、下屋敷の二階の間を掃除して、火を盛んに熾《おこ》して酒を温め、あっさりとした席をこしらえておけ」
と命令し、
「さあ、これから躑躅ケ崎へ出かける。歩いて行くとも。いざさらば雪見に転ぶところまでも古いが、この雪見に歩かないで何とする。伴《とも》は一人でよろしい、仲間《ちゅうげん》一人でよろしい。長合羽の用意と、傘履物」
主膳は立ち上って、
「刀……」
と言って、よろよろとした足許を踏み締めると、女中が常の差料《さしりょう》を取って恭《うやうや》しく差出しました。
「これではない、あちらのを出せ」
床の間の刀架《かたなかけ》に縦に飾ってある梨子地《なしじ》の鞘《さや》の長い刀を指しました。
「うむ、それだ」
梨子地の鞘の長い刀を大事に取下ろして主人へ捧げると、主膳はそれを受取って、
「これが伯耆《ほうき》の安綱だ」
言わでものことを女
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