思ひきりて掛るほかには別の仔細候はず。」
[#ここで字下げ終わり]
こんなことが木版摺《もくはんずり》にしてあるのだから、問題にもなんにもなったものではありません。
四
お松が寝ついた時分からサラサラと雪が降りはじめました。
翌朝になって見ると、峡中の二十五万石が雪で埋もれてしまいました。過ぐる夜の靄《もや》は墨と胡粉《ごふん》を以て天地を塗りつぶしたのですけれど、これは真白々《まっしろじろ》に乾坤《けんこん》を白殺《はくさつ》して、丸竜空《がんりゅうくう》に蟠《わだか》まる有様でありました。昨夜からかけて小歇《こや》みなく降っていたのが朝になって一層の威勢を加えました。東へ向いても笹子や大菩薩の峰を見ることができません。西へ向って白根連山の形も眼には入りません。南は富士の山、北は金峰山、名にし負う甲斐の国の四方を囲む山また山の姿を一つも見ることはできないので、ただ霏々《ひひ》として降り、繽紛《ひんぷん》として舞う雪花《せっか》を見るのみであります。
白いものの極は畢竟《ひっきょう》、黒いものと同じ作用《はたらき》を為すものです。大雪の時は暗夜の時と同じよ
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