お君を可愛がって、うつつを抜かしているではないか。お君という女は言わば旅の風来者《ふうらいもの》で、氏《うじ》も素性《すじょう》も知れない女ではないか。自分ではその氏も素性も知れない女を可愛がって勝手な真似をしながら、人の縁談に鹿爪《しかつめ》らしいことを言って故障を入れる、その心が憎らしいではないか。それにはきっと、お君が傍からよけいな入知恵をしているであろうとの邪推で、二人の憎らしさがいよいよ骨身に食い入って行くのであります。
「ねえ、幸内や、早く癒《なお》っておくれ、わたしはお前から聞いてみなければわからない、わたしもまたお前に聞いてもらわなければならないことがある」

 その晩、お銀様の居間へ丸頭巾《まるずきん》を被《かぶ》った父の伊太夫がやって来て、何か言っているようでありましたが、やがてその言葉がいつもよりも荒く聞えました。お銀様もそれに答えて二言三言《ふたことみこと》なにか言いましたが、その声がやがて泣き声になってしまいました。
 いつもの場合においては、お銀様が泣き声を出す時には、父の伊太夫の方で折れるのが例でありましたけれど、その晩はそうではありませんでした。
「お前
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