であるのみならず、その冷淡の底には深い恨みを懐《いだ》いて、深い恨みは強い呪《のろ》いとなって能登守とお君との上に濺《そそ》がれているのでありました。前には一種の僻《ひが》んだ嫉妬《しっと》でありました。今は骨髄に刻むほどの怨恨《えんこん》となっているのであります。せっかく運びかけた神尾家との縁談を、途中で故障を入れたのはあの能登守だという恨みは、お銀様の肉と骨とに食い入る口惜しさでありました。お銀様に向ってのすべての報告はみんな、この口惜しさを能登守とお君とに濺ぐように出来ておりました。なぜならば、支配の上席なる筑前様でさえも御承諾になっているものを、能登守がひとり、旗本の女房は同族か或いは大名でなければ身分違いだと言い立てたために、事が運ばないのだということに一致するからであります。
今時《いまどき》、そんなことはどうにでもなるのである。よしどうにでもならないにしたところで、自分の家の家柄はそれに恥かしいような家柄ではないものを、それを能登守から見下げられたということが、お銀様は腹が立ってたまりませんでした。
その上、そんなよけいな故障を言い立てた能登守自身はどうであろう、あの
前へ
次へ
全207ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング