のような不孝者はない、幸内をくれてやるから、それをつれてどこへでも行け、あとは三郎がおれば困ることはない」
 父の伊太夫はこう言って苦《にが》り切っておりました。
「ようございますとも、ようございますとも」
 お銀様の泣き声は甲走《かんばし》ってしまいました。
「わたしは先《せん》のお母さんの子ですから、わたしがいない方が家のためになります、三郎のお母さんと、わたしのお母さんとは違いますから、今のお母さんのためにも三郎のためにも、わたしがいない方がようございましょう、そうしてお父様は今のお母さんを大切になさいまし、わたしはどこへでも行ってしまいますからようございます」
 お銀様は頭《かぶり》を振って泣きました。
「お銀、お前は何を言うのだ、自分の我儘《わがまま》を知らないで、いつもいつも、そういう言いがかりばかり言ってお父様を困らせようとしても、そうはお父様も負けてはいないよ」
「ええ、ええ、どう致しまして、わたしがお父様を言い負かそうなんぞと、そんなことがありますものですか、わたしはどこへでも行ってしまいますから」
「お銀」
 伊太夫はいよいよ苦り切って、
「お前には、物が言えない、
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