銀様の父の許《もと》を訪ねたこともあって、お銀様もその面影を知らないではありません。その人にここで会おうとは思いませんでした。会ってみれば、お銀様としても、さすがに恥かしい思いがしなければならないはずです。
「お銀どの……どうしてまたこの夜更けに、こんなところにお一人で……いや、それを承っていることも面倒じゃ、これはこのごろ流行《はや》りものの辻斬、拙者も今宵は忍びの道、かかわり合ってはおられぬ、この場はこのままにして立退き申そう、そなた様はいずれへお越しじゃ」
「はい、わたくしは」
「ともかくも、拙者が屋敷まで見えられるように」
「有難う存じまする」
「見廻りの者が来ないうちに」
「それでもこの子が……」
「さあ、その子は……」
二人がその子の始末に当惑している時に、火の番の拍子木が聞えました。
三
破牢のあったというその当夜から、ひとり胸を痛めているのはお松であります。
その破牢者のうちに宇津木兵馬があったということは、今や隠れもなき事実であります。けれどもその行方《ゆくえ》が今以てわからぬというのは、今宵もまんじりともしないほどお松の心を苦しめていまし
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