なしにそれを見ると、その下に小泉と記してありました。はっと思ってその裏を見ると「八幡《やわた》村」という文字が弓張の蔭になっています。
八幡村で小泉といえば、わが嫂《あによめ》の実家ではないか。嫂とは誰、一時は兄文之丞の妻であったお浜のこと――ああ、その駕籠《かご》の中の主《ぬし》は誰人。兵馬はそれがために胸を打たれました。
お浜は死んでしまったけれども、その母なる人も、兄なる人も、兄の嫁なる人も、その夫婦の間に出来た子供までも兵馬は知っているのであります。
裏街道を越えてその家まで遊びに来た昔の記憶も残れば、ことに嫂のお浜が、自分の来ることを喜んで、手ずから柿の実などを折ってくれた優しいことの思い出も、忘れようとして忘れられません。あまりの懐かしさに兵馬は、あと追蒐《おいか》けて名乗りかけようかと思いました。
けれども、今の兵馬の身ではそれも遠慮をしなければなりません。ぜひなく兵馬はいろいろの空想に駆られながら、その駕籠の後ろを追うて同じ方向へと進んで行きました。
駕籠も提灯も相変らず物を言いません。何か話でも起ったならば、その駕籠の中なる人が、おおよそ見当がつくのであろう
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